人を惑わし喰らう悪鬼とはいえ、一度は調伏され、信仰の対象になった神だ。
 完全に悪鬼には戻っていなかったのだろう。

---俺っちの正体を知ってからは、素直に従ったものな。完全なる悪鬼だったら、もうちっと手こずったはずだ---

 帰ったら上等の香木でも仕入れて、立派な羅刹天像を作ってやろうと思い、千之助は箸を動かした。

 夕餉が終わってから、千之助は手を付いて、長に挨拶した。

「長々お世話になりました。お礼も何もできず、申し訳ありませんが」

「いやいや。何分人手がないもので、大したもてなしもできませんで」

 長が軽く千之助を制しながら言う。
 そういえば、記憶が戻っているのなら、いなくなった者らのこともわかるかもしれない。
 千之助は顔を上げた。

「時にご主人。その、元々いた女中らは、村からいなくなったとか。どこへ行ったのか、わからないんですかい?」

 長は少し首を傾げた。

「近隣の村へ、療養に行かせましたよ。そうそう、そのうち何人かは、村外れの倅が面倒見てくれましてね」

「えっ」

 長の言葉に、千之助より早く、冴が声を上げた。