「・・・・・・お女中一人では、お忙しいでしょうな」

 さりげなく、お櫃から飯を盛っている老女に言ってみる。

「そうですなぁ。ま、わたくしは昔々からずっとこの家で働かせていただいております故、慣れたものですけど」

「私も妻を亡くして長いですので、身の回りのことは自分でできるようになりましたしなぁ」

 ははは、と笑う長に、千之助はぽかんとした。
 里のことなど、忘れているようだ。

「お冴のためにも、家を仕切れる者を入れたほうが良いのでしょうが。何分うちは、何故か女中や下男が続かないんですよ」

「体調を崩しちまうんだよねぇ。いろんな粗相をしちゃう子もいるしさ。何かいるんじゃないの。お祓いでもしてもらったほうが良いかねぇ」

 冴も、冗談めかしてけらけらと答える。
 冴の記憶は元々しっかりしていたが、長の記憶も戻っているようだ。
 その代わり、里に関する記憶が、綺麗になくなっている。

 千之助は、ひそりと目を伏せた。

---あいつ、てめぇの記憶が残ってたら、真実を知って恐れられると思ったんだな。何だかんだいって、家族に手を出さなかったのぁ、どっかで情があったんだろう。恐れられて嫌われるぐらいなら、綺麗に記憶を消したほうがマシだったんだ---