夕日が傾く頃、千之助は長の家に帰った。

「千さん・・・・・・」

 決まり悪げに、奥から冴が出てくる。
 千之助は手を伸ばして、冴の頭を撫でてやった。

「すまねぇな。お前さんの気持ちは嬉しいが、俺っちはそれには応えられねぇよ」

「・・・・・・やっぱり、都女と里娘じゃ、勝負にもならないんだね」

 しゅん、と肩を落とす冴と居間に入りながら、千之助は首を傾げた。
 そういう問題でもないのだが、言ったところで到底信じられない話だろう。

「そうでもねぇぜ。ただなぁ、まだまだ若ぇし、見てくれだってそれなりのお冴さんが、わざわざ色付きのしがねぇ小間物屋のところに来ることもあるまい。あんたなら、機会さえあれば、それなりのお大尽の目にも留まろう」

「・・・・・・お世辞でも嬉しいね。何だか千さんにそう言われると、本当にそういうことが待ってるような気がするよ」

「世辞じゃねぇよ。俺っちにゃ、先見の明があるのさ」

 軽く言う千之助に、冴は笑った。

 千之助が帰ってきたのを待っていたように、長も姿を現す。
 唯一残っていた老女が、夕餉の膳を運んできた。

 そこで千之助は、おや、と思い、部屋を見渡した。
 里がいないのは当たり前なのだが、それに関して、誰も何も言わない。
 里がいなくなったことを、どう長に言うべきか頭を悩ましていた千之助は、訝しげな目を落ち着き払った長に向けた。