眼を細めて言う千之助に、里は初めて狼狽えだした。
 焦ったように、千之助を見上げる。

「何もしてねぇ人間を、面白半分に壊していくのぁ見過ごせねぇな」

 右手に持った剣を、つい、と頭上に掲げる。
 ただならぬ雰囲気に、里は必死で千之助を制した。

「ちょ、ちょっと待って! わ、私は一応、長の妻だよ。その私をいきなり調伏して、その後はどうすんのさ。私までが、いきなり村からいなくなるのかい?」

「仕方あるめぇ。このままじゃ、尾鳴村は全滅だ。それに、お前さんを消したら、その衝撃で皆の記憶が戻るかもしれねぇ。そうすりゃ、長だってお前さんが怪しいって気づくだろう。今だって、冴は気づいてるぐらいだしな」

 長は里のことを可愛がっているようだったから、里が怪しいと思っても、どこか未練は残るだろう。
 気の毒といえば気の毒だが、このまま放置しておけば、長だってそのうち里の餌食だ。

「オン ベイシラマンダヤ ソワカ」

 低く、千之助が呪を唱える。
 里の顔が、恐怖に引き攣る。

「そんな怖がらなくても、お前さんを本来あるべきところに帰すだけだぜ」

 ふ、と表情を和らげ、千之助は目の前で震える里に言った。
 だが里は、じりじりと後退する。