「お冴さんにも、世話んなったな。何もできねぇで悪ぃけどよ」

 軽く言った途端、冴が千之助の胸に飛び込んできた。
 小柄な千之助は、危うく倒れそうになる。

「千さんっ! 帰らないでおくれよっ」

 千之助に抱きつきながら、冴が叫ぶ。
 おやおや、と千之助は、若干冷ややかな目で胸に縋り付く冴を見た。

「ここは気に入らない? 都よりは、そりゃ鄙びてるだろうけど、ここだって捨てたもんじゃないよ?」

 必死で言う冴に、千之助は苦笑いをする。

「そんなんじゃねぇ。良いところだと思うぜ?」

「じゃ、ここにいておくれよ。お願いだよ」

「そういう訳にもいかねぇ。俺っちにゃ、店があるんだ。それなりにお得意様もいるしな。そうそう店を放っぽっとくこともできねぇんだ」

 冷静に言う千之助とは対照的に、冴は頭に血が上っているようだ。
 ぎゅうっと千之助にしがみついたまま、離れまいと身体を押しつける。

「じゃあ、いっそのことあたしを連れて行っておくれよ。あたしはもう、千さんと離れたくないんだよ」