「何だい、桃香(ももか)。里心がついちまって」

「そんなんじゃないよ。いや、どうかな。あの子を見て懐かしいと思うのは、里心なのかも知れない」

「桃香姐さんと、同じ生国(くに)なのかもしれませんね」

 何気なく呶々女は、桃香という遊女の記憶を刺激する。
 桃香は顎に指を当てて、首を傾げた。

 つい先程届いた千之助からの文で、伯狸楼の遊女に記憶をいじられていそうな者はいないか、というようなことが書いてあった。
 記憶をいじる、ということが、よくわからないが、なるほど、今目の前の桃香は、何かをどうしても思い出せないようだ。
 もしそれが、何らかの術によることなら、これが千之助の言いたいことなのではないか。

「・・・・・・ああ・・・・・・何か、思い出しそうで思い出せない」

 うう~~ん、と桃香が首を捻る。
 千之助曰く、術はそれほど強力ではないようだ。
 もう一押しすれば、何かもっとわかるかも、と呶々女は身を乗り出した。

 そのとき。

「山吹。いるのかい?」

 すらっと襖を開けて、遣り手のおさんが顔を覗かせた。
 芙蓉の布団の周りに集まっている遊女らを一瞥し、僅かに眉を顰める。