やっと狐姫の炎は小さくなった。
 微妙に甘やかな理由ではないようだが、とりあえず狐姫は、怒りを納めたようだ。

『そんじゃ旦さん、気をつけて。早く帰ってきとくれよ』

「ああ、そっちも気ぃつけろよ。明日か明後日にゃ帰るからよ」

 挨拶が済むと、炎はすっと小さくなり、元の蝋燭の火だけになった。
 やれやれ、と息をつき、千之助はきょろ、と部屋の中を見回した。

 まだ真夜中ではない。
 出かけるにしても、もうちょっと待ったほうが良いだろう。

 千之助は、ごろりと布団に横になった。
 軽く目を閉じ、今日得た情報を頭の中で整理する。

---この家で働いてたって奴ぁ、ここにいたんじゃ足取りは掴めねぇな。おや? もし佐吉が女衒(ぜげん)紛いのことをしてたっても、家のねぇ女中全員を売り飛ばしたってんなら、小菊がその他の奴らの消息を知らねぇってのもおかしいな。正規の女衒じゃねぇ。繋がりのある博徒だって、そんなヤバい伝(つて)を使うぐれぇなら、大した組織じゃねぇ。ということは、娘を売ったってそんな広範囲には売り捌けねぇはずだ。博徒ってのが伯狸楼の亡八なら、皆伯狸楼に行くことになる。だったらお互い、見知ってるはずだ---

 いくら記憶をいじくられているとはいえ、あの程度の術であれば、廓内でずっと顔を突き合わせていれば、徐々に思い出すだろう。
 今までだって、一軒の家で一緒に暮らしていたのだ。
 一人だけの記憶ではない。
 誰かと記憶が少しでも繋がれば、そこからどんどん術は綻びていく。