岩山に行ったり外れの集落に行ったりしているうちに、一日はあっという間に過ぎてしまう。
 冴は何となく不穏な空気に参ってしまったようで、夕餉の席でも大人しかった。

 必要以上に冴にべたべたされることがなかったため、早々に部屋に引き上げた千之助は、行灯に火を入れた途端、一歩飛び退いた。
 火花が激しく爆ぜる。

「な、何でぃ」

 用心しつつ、指先で炎の一部に触れると、ぼわ、と青い火柱が立ち、それはゆらりと女子の影を作った。

「狐姫かよ。驚かすなぃ」

 ゆらゆらと揺れる狐姫の影は、少しだけ千之助のほうに寄って、ちょいちょいと手を伸ばす。
 触れたいところだが、如何せん炎なので触れられないのだろう。

『旦さん、お元気かえ。早ぅ帰ってきとくれよ』

「おぅ。何だ、何か怒ってるみてぇだから、びびっちまったじゃねぇか」

 ちょっとほっとしたように言う千之助に、狐姫は、ぴた、と動きを止めた。
 そして思い出したように、またばちっと爆ぜる。

『そうだ旦さんっ。里の女子に手ぇなんか出してないだろうね?』

「何言ってやんでぃ。俺っちが、そんなたらしな真似する男と思ってんのか?」

 呆れたように、千之助は爆ぜる火の粉を払いながら言う。
 冴に言い寄られてはいるが、千之助が手を出したわけではない。