「菊も、昨年でしたか。逝っちまいました」

 冴の表情が歪む。
 隣の家を見つめ、信じられないというように呟く。

「何で・・・・・・。菊はまだ、若かったじゃないか。病も軽かったよ? ちょっと失敗が多すぎて、暇を出されるハメになったけど・・・・・・」

 千之助の片眉が上がる。

「若くても、家に帰された奴もいるのか。でも死んでるんだな。何でだい? 病が重くなったのか?」

 千之助の問いに、老婆は曖昧に首を傾げた。

「あれは病というのか・・・・・・。こちらに帰ってきたときは、少し痩せてはおりましたが、特に床に就くほどの病ではなかったと思うのですが。これでは暇を出されても致し方なし、というほど、おかしな行動を取るようになって」

「ふむ・・・・・・。それが酷くなったということか」

「酷くなったというか、何か・・・・・・やたらと見えぬものを恐れるようになって。何もないのに、空(くう)を見つめて怯えてみたり。ああ、そう・・・・・・何かにやたら怯えておりましたな。で、ある朝ぽっくり」

 ふ~む、と千之助は考え込む。
 若くて家に帰れた者でも、無事では済んでいないということだ。

「つーことは、家に帰った者は死んで、家の無い者は村から消えるってことか」

 冴が、ぶるっと身体を震わせる。
 何となく、家から出た者は不吉な運命を辿っているような気がして、冴は不安げに視線を彷徨わせた。