「お里さんは、裏手の岩山のほうにいたってな。何で緑の多いほうにいなかったんだろう。暮らすにしても、岩山よりも向こうのほうが、良いはずだろ」

 見るからに緑の少ない岩山よりも、山菜の採れる山のほうが、食料だって調達できる。
 湖もあったし、普通にヒトが暮らすには、緑の山のほうが良い。

 やはり妙だ、と思っていると、冴がいきなり抱きついてきた。
 冴など見ずに歩いていたので、危うく千之助は、こけそうになる。

「何だよ! 里なんて、どうだっていいだろ! あたしのほうが若いし、何と言っても里なんて、お父の嫁じゃないか」

 まるで恋人のやきもちである。
 一体いつからそういう関係になったんだか、と冷めた目を向ける千之助の胸に、冴はぐいぐいと顔を押しつける。

---ったく、素人娘は結構厄介なもんだなぁ---

 少々うんざりとしつつ、千之助は両手で冴の肩を掴んで引き剥がすと、再び岩山に向かって歩き出した。
 山に入るほど、辺りはますます岩ばかりになる。

 それなりに軽く登れる程度のところまで登って、一旦千之助は足を止めた。

「見事な岩山だなぁ。これ以上上に行くのは、ちょいと難儀だな」

 登れないことはないが、本格的な岩壁登りだ。

「だから何もないって言ったろ。ね、空も怪しいし、戻ろうよ。寒くなってきたし」

 言いながら冴が、身を寄せてくる。
 空を見上げれば、先程は見られなかった黒い雲が広がってきていた。