始末屋 妖幻堂

「もぅ、目覚めたらいないから、びっくりするじゃないか」

 冴が、千之助の背中に貼り付きながら言う。
 ひっそりとため息をついてから、千之助は一歩踏み出し、冴から離れた。

「どこの馬の骨かもわからねぇような俺っちが、世話んなってる家の娘といつまでも寝んねしてちゃ、旦那さんに申し訳ねぇだろ」

 そのまま岩山のほうへと歩き出す。
 そんなつれない態度にもめげず、冴はすぐに千之助を追ってきた。

「そんなこと、良いんだよ。あたしゃ千さんが気に入った。当たり前だろ、気に入った男でないと、あたしだって肌は許さないさ」

 少し拗ねたように、千之助を追い越して、冴は先を歩く。

 確かに夕べ、『誰にでもこんなこと、してるわけじゃない』とか言っていた。
 が、そもそも千之助は、そんなことはどうでもいい。

 それ以前に、冴は千之助に肌を許したつもりのようだが、千之助は何もしていない。
 故に、特別な関係になったわけでもないのだ。
 途中で眠らせたから仕方ないが、冴はすっかり千之助に抱かれたと思っているようだ。

---まぁいい。俺っちだって、下手に嫌われるよか好かれていたほうが良いしな。どうせ何日間かの辛抱だ---

 冴は特に醜いわけでもない。
 目を惹くほど見目良いわけでもないが、里娘らしく元気で良い娘だ。
 四六時中べたべたされるのには辟易だが、一緒にいてつまらないわけでもない。
 村の案内役としても役立つ。

 千之助はとりあえず、別に冴を追い返すこともせず、共に岩山へ向かった。