小菊が、ぎゅっと唇を噛みしめる。
 全く気遣いのない言葉だが、牙呪丸の言葉は正しい。
 小菊が帰れば、とりあえずは元通り。

「ま、確かにね。小太はまだ生きてるだろうし、ここであんたが帰れば、戻れるかもね。呶々女は元々旦さんの作品だし、あそこから引かせるのも訳ない」

 つん、と何故か怒ったように、狐姫も言う。
 小菊の目から、涙がこぼれた。

「・・・・・・そう・・・・・・ですね。やっぱり・・・・・・無理ですよね。軽率でした」

 泣きながら項垂れる小菊だったが、次の瞬間、かつんっ! という鋭い音に、びくんと身を竦ませた。
 顔を上げると、狐姫が煙管を煙草盆に打ち付けて睨んでいる。

「無理だって? あんたぁ、誰に向かって物言ってんだい! 旦さんが引き受けた仕事に、無理なんてないんだよ!」

 物凄い剣幕で怒鳴られる。

「だ、だって・・・・・・。さっき姐さんも、あたしが帰れば全て収まるって・・・・・・」

 あまりの狐姫の迫力に気圧されながらも、小菊はどうしていいものかわからず反論する。
 一旦反論してしまうと、頭に血が上って、小菊は不満をぶちまけた。

「姐さんは、旦那様を慕ってるから全面的に信用してるだけでしょ! よくよく考えてみれば、旦那様だって初めっから『協力するとは言ってない』って言ってたじゃないですか。大体仕事だって、あたし、何頼んだわけでもないですし。廓から着の身着のまま逃げてきた遊女に、財なんかあるわけないし、旦那様だってそれぐらいわかってるから、真剣に言うこと聞いてくれるわけないじゃないですか!」