「この者は帰してやろう。後々使えそうじゃもの。お前はどうするかねぇ」

 壊れてしまった一人は捨て置き、狐姫は震えて泣き喚いているほうの男に視線を移した。

「お前は恐怖に駆られてはいるが、心はまともだもの。このまま帰したら、厄介だわえ。我らの姿を見たわけだし」

「我から呶々女を奪っただけでも、うぬらなど万死に値するのじゃ」

 それはどうか、と狐姫が突っ込む間もなく、しゅるりと牙呪丸が男に巻き付く。

「くく。我から呶々女を奪ったこと、とくと後悔するがいい」

 そんなこと言われても、男からしたら何のことやらわからないだろう。
 そもそも『呶々女』というのが何のことやら、さっぱりなのだから。

 だが抗議する暇もなく、身体はどんどん締め付けられる。
 男の顔は、みるみる真っ赤になった。

「身の程もわきまえず、この妖幻堂に足を踏み入れたときから、うぬらの命運などこちらの手中よ。愚か者が」

 男の腕がだらりと下がったとき、ことりと小さな音がした。
 狐姫が顔を上げると、そこには蒼白な顔の小菊の姿。

 杉成が、てててっと小菊に駆け寄った。
 千之助に小菊を守るよう言われているので、彼女の傍に行ったのだろう。

 だが、小菊はびく、と身を引いた。
 返り血を浴びている上に、辺りは血の海だし、さらに土間では牙呪丸が蛇体で男を締め上げているのだ。
 この店に集うモノは普通でないとはわかっていても、いざ目の前で見せられると、やはりヒトというものは引いてしまうようだ。