「…失礼いたします。凜です」

「お入りなさい」

父上が言った。

あたしは中に入り、津田さんの前に座った。

「…お初…ではありませんが…。海瀬凜と申します」

そう言って、頭を下げる。

「…津田吾郎です。以後、お見知りおきを」

津田吾郎さんと言うのか。

以後お見知りおきを…って。

もう会わないでしょ。

あなたには、心に決めた人がいる。

あたしにも、心に決めた人がいる。

見合いの意味がない。

「…津田殿。凜と少し話をしていて下さい」

父上は微笑んで出て行った。

津田さんお付きの人も。

…沈黙…。

何を話そう?

やっぱ怒ってるかな。

凜ってこと黙ってたし。

もう少し、蘭のことも話したかった…。

この重い沈黙を破ったのは、津田さんだった。

「…まさか、凜姫様ご本人だとは思いもしませんでしたよ」

「……見合いが嫌で、逃げ出したのです。名を言ったら、連れ戻されるかと」

だから、名を言わなかった。

「見合いが嫌なのなら、宗次郎様にそう申し上げればよろしいのに」

苦笑しながら、言っている。

…それが出来れば、苦労はしない。

見合いは避けて通れない。

出会いがあれば必ず見合いをやる。

「……あたしの為だとは、思います」

でも、結婚する気は当然ない。

父上は、本当はあたしに早く結婚してほしいのだろうか。

いつか、わがままが許さない時が来るのだろうか。

…わからない。