それでも言えずにいた。言ったら、今まで積み重ねてきた絆が崩れてきそうで、怖いんだ。
このままでいい。
今のままなら兄はこうして撫でてくれるのだから。
「……、え」
思い耽る頭に、声が聞こえた。
気のせいかと思うほど聞き取れないのに、ふいに冬月は足元にある包丁を目にした。
ただの包丁。
猫の血により鮮やかな赤に染まった黒鉄(くろがね)が、冬月には心臓のように鼓動したと思えた。
「冬月、どないしたん?」
秋月が呼び掛けても、冬月の目は包丁にしか向いていない。
月を見て惹かれるように、冬月が手を伸ばす。
――さあ。
血流が早くなる。
心臓が高鳴る。
思考が早送りになるような、止められない、包丁の柄を握った瞬間、脳が刀身と同化したみたいだ。


