天冥が苦笑する。


「昌明殿に・・・この爺いになにをした?」


 もはや気を遣う必要も無さそうなので、遠慮なく天冥は昌明を「爺い」と呼んだ。


『死んではおらぬさ。この件については忘れておるだろうがな』

「ふぅん・・・都合の悪い記憶を消したか。やるではないか。相手にとって不足無しじゃ」

『俺もさ』


 幻周の声は、ふっと笑うとその気配を消した。

 天冥は急いで明道に向き直り、その手を掴んで外に走り出した。


「逃げますぞ」

「ちょっと・・・ま、待て!」


 息子や娘が気になる。

 明道が振り返りながら走るため、早く走れない。


「はようされよ」

「だがっ・・・」


 戸惑う明道に向かって、天冥は声を張り上げた。

「はようしろ、明道っ!」


 声を荒らげた天冥に、明道は驚いて瞠目する。

 総門から飛び出し、大路に出た二人は、一度だけ後ろを見る。

 すると、先ほど二人がいた私室から、九尺(約二メートル二十七センチ)ばかりの獅子が出てきた。

 全身が透き通るように、白い。


「さっきの呪符じゃ」


 天冥は明道を背に隠し、刀印を結んだ。