藤原 明道はもうやっと着きそうだと思いながら京に近づいていた。

 年のころは三十歳ばかり。丸い大きな目から発される光が、闇の中で輝く。

 懐にしまった大事な物を落とさぬよう、用心して足を進める。

 夕時が近くなり、辺り一面が橙色となりて木々の間から光が差し込む。


(まずい・・・)


 早くしなければ、夜盗の類に出くわしかねない。

 もっと悪くしたら、獣。

 もっともっと悪くしたら、鬼。

 それより恐ろしいものなど――滅多にないだろう。


「なんとしても・・・」


 我が父を影から操る者の動きを止めなくてはならない。

 かたくなに決心していた事を、明道は唐国でずっと守り抜いてきたのだ。


(もう、引き下がらぬぞ)

 
 屋敷に残っている幼き息子、娘達のためにも。

 『奴』の企みで、今いるこの山を渡すわけにはいかない。

 この山は自分の所有物ではないが、多くの生き物が住み、自分自身、沢山の思い出がある。

 その山を、邪気で満たさせたりなど、しない。


(例え・・・私の命が滅びようとも・・・)


 がさがさと異様に自分の足音が大きく聞こえる。


「!」


 暗くなりゆく森の中で、明道はふと一人の人を見つけた。