多優は胸の中で何か波打つものを感じた。


 莢が、名を呼んでくれた。


 今まで、名前どころか人らしい呼び名すら呼ばれなかった自分を、何よりも大切にするはずだった名前で、呼んでくれた。



「・・・莢・・・・」


 名前を呼ぶと、なんだかいっそう莢に近づけたような感覚になった。


 実際の距離よりも、自分達はもっとかけ離れているのに、だ。


 こんなときばかり、どこかこんな理想を描いてしまう。



 もしも自分が普通の都の人間として生まれ、莢に出会えていたら。


 もしかすると、自分が一番思い描いていたことに、なっていたかもしれない。


(ばかっ・・・!)


 理想など、所詮は空想に過ぎぬ。

 
 多優は首を振った。自分はそんなこと、思い描く必要も資格もない。


 しかし、もし願いがかなうのならば。


 莢がどこかの気立ての良い男に懸想され、互いに想い合うようになり、結ばれる事を、多優は一番に望んだ。