「・・・まぁいい」



 天冥は素っ気なく呟き、蜜柑色の狩衣をまとって都に出た。

 太陽は、ほんの少しでかかっている。





 まだ朝早い。


 日が出てきたか出てこないかと言う時だった。



 ふと通りかかった家から出てきたのは貴族と思しき男が一人。

 参内に赴くのだろう。


 いつもなら少なからず殺気が湧くのだが、どうしてか、それが湧かない。


 大人しそうな風貌の男は、ふと天冥を見た。


「――」


 不思議そうに目を丸め、一礼してすぐに大内裏へと向かっていった。

 
 若干足を痛めているのか、その男は足を引きずるように歩いている。



 なんだ、あいつは。


 とは思ったが、なんだと言うほど、慣れていない存在には思えない。

 もっと、身近にいるような存在に思えた。


「おい・・・」

 
 その男を呼び止めようとしたが、すぐに口をつぐむ。

 何をやっておるのだ、俺は。


 天冥は思い「まぁいいか」と呟いた。


 人間など、気にかけたところで何にもならない。なおさら、貴族ならいずれ殺してしまうかも知れぬのだから。



 



 外道の貴公子は思うと、気のままに山へ向かった。