「それで、本日のご用件は如何様な?」
健造が背筋を伸ばして亭主に訊ねた。
すると亭主は一度咳払いをしてから着物の襟を正した。
「……そろそろ、結納と祝言の日取りを明らかにしたいと思うてな」
「結納…?!」
父の勝手な意見に怒りが芽生える。
私は一度もこの縁談を良しとは言ってませんのに!
とよの怒りの現れに、彼女はきゅっと口を噛みしめてから亭主を睨む。
しかし、とよは口出すことはできない。
嫌いな人と言っても村田家はこの城下の中でも強い権限をもつ商人だ。
ここでとよが拒否をするということは、健造に恥をかかすと同義である。
とよ自身はそれで結構なのだが、亭主的には良くない。
城下の権力をもつ村田家に歯向かうとなると、この宿屋を辞めさせられる上に、最悪の場合には国外通報される可能性だってあり得る。
勝手に事を進める父親だが、それでもとよにとって彼の存在は大きい。
父がいてくれたから今の自分がいるのだと思うと、身勝手な行動をして、迷惑をかけたくないと思うのが娘の意志だ。
そんなとよの思いを知ってか知らずか、健造は満足そうな笑みを浮かべて頷いた。
「そうですね。私としても早いうちにおとよさんと一緒になりたいですし」
口説き文句を言い述べてとよの方へ微笑みかけるが、彼女はふん、と鼻を鳴らしてそっぽを向く。
嫌われているみたいですね、と残念そうな声が聞こえたが、彼の表情は面白いとばかりに口角を釣り上げているのをとよは知っている。


