とよは襖を閉めて、源九郎の部屋をあとにした。
「握り飯、用意しとかなくては…」
すたすたと台所へ向かう途中、源九郎の笑顔と意味深な言葉がふと思い浮かび、思わずため息を漏らしてしまった。
どの女にも囁く言葉で迂闊にときめいてしまった自分が何とも遺憾であった。
────あんな言葉、私より美人な方にも仰るのでしょうね。
自分より綺麗な女など、ざらにいるはずだ。
こんな強情な女を綺麗だと言っている時点であの男の目はおかしい。
──────…そう、みんなおかしいのです。
あの男だってそうだし、父もそうだ。
確かに父が焦るのもわからなくもない。
今回の縁談を断れば、きっと結婚はできない。
そうなれば一家の恥になる。
しかし、この相手が厄介だったのだ…。
相手の男は呉服屋の嫡男で、将来安泰であることは確かであるが、何より彼の性格が受け付けない。
ふしだらな遊びに呆けていると聞く。
どうしてそんな男と結ばれなければならない?
一人の女に愛を注がぬ男と一緒にいて、幸せな生活が送れるはずかないのは火を見るより明らかだ。


