「ご、ご冗談はおやめ下さい」
とよは顔をまた逸らして呟いた。
すると、源九郎は不服そうに口をすぼめる。
「侵害だな。俺ぁ、そんな嘘は言わねぇぜ」
「………」
確かに、一目見てから彼が嘘偽りを言う者ではないとはわかっていた。
その証拠となるものが、あの笑顔とでも言っておこうか―――
「とよ………」
そうやって、軽々と自分の名を言わないでほしい。
その優しすぎる声色は、自分自身に期待の心を芽生えさせてしまう気がしてならない。
そうなってしまう自分も恐ろしいから、もう何も言ってほしくはないと、とよは思った。
「とよ、お前は――――」
「最近、深夜に女がうろついているとか」
彼の言葉に耐えきれず、とよは宿屋の娘とは到底言えないような失態を犯した。
客の話を遮るなど、言語道断だ。
彼女は言い切ってからそれを思い出し、まずいといった様子で冷や汗をかいた。
だが、そもそもとよの本当の要件はこれにあたる。
これを言うために源九郎の部屋を訪れたのだ。
「女……―――」
されど源九郎は話を遮ったとよを全く悪いとは思っていないみたいだ。
ひとまず乗り越えたと、とよは心で安堵のため息をついた。
それにしても…だ。


