源九郎にとって、それは普通のことで、理由を問われると返答に困る。
理由自体は存在するが、果たしてそれを本人に言ってもよいことだろうか──────
「そだな、何で笑うんだ?と訊きてぇなら、それは笑顔が人を幸せにするからだ」
嘘は言ってない。
全ての人が幸せになるなら、自分は幸せな気持ちで笑おうと思う。
「だから……そんな、眩しい顔で…」
とよは目を逸らしてそう呟いた。
だが実際、この乱世でそんな生易しいことが通じることはなかった。
源九郎の信念は他の武士からは馬鹿にされてばかりだった。
─────笑顔で幸せになれるなら、戦乱の世はとっくに終わっている。
皆が揃えて口にする言葉はいつもこれだった。
それでも源九郎は己が信念を曲げようとはしない。
「俺は、あんたの笑顔が見てぇな」
「え…」
一人でも救われそうな魂があるなら、自分は迷わず手を差し伸べる。
「笑ってくれ、俺のために」
とよの頬を温かい風が吹き抜ける感じがした。
冷たい廊下に正座した足はすでに冷たさが伝わってきている。
しかし、この男が座する部屋はどうだろう。
彼の纏う雰囲気が温かいのか、と戸惑うほど優しい温もりに包まれていた。


