────しかしこの状況、俺は出ていってもいいんか?
戸に手をかけたまま源九郎が思案に明け暮れていると、怒りを抑えた男の声が聞こえた。
「……………ん?お客さんかね」
「えっ」
それに続いて女の驚く声も聞こえる。
そう言えばさっきから傾いた日が背中を照らしていた。
その影が戸に映っていたのかもしれない。
源九郎は深呼吸をひとつしてから戸を開けた。
「ああ、やはりお客さんか。いやぁ、お恥ずかしいところを聞かれてしまいましたな」
ここの亭主らしい男は先程のあらぶった声とは異なり、穏やかなものに変わっていた。
その顔もまるで七福神にでも出てきそうなほど優しい表情をしている。
これが戸の前で聞いた男なのかと驚いてしまった。
「私はこの宿の亭主でございます。今日は如何様な?」
「あ、ああ…。ここにしばらく泊めてもらえないかと思ってな」
「ほぅ!そうでございますか。代金をお払いして下されば、いくらでもこの宿をお使い下さいませ」
「助かる。ありがとう」
「いえいえ、滅相もない」
人懐こい表情の亭主と源九郎が話していると、玄関口の隅にいた年若い女が何も言わずに奥へと下がっていった。
あれがこの亭主と言い争っていた『とよ』という女なのだろうか。


