その声が聞こえたと同時。体にあった感覚は消え――強い風が、周りを吹き抜けていく。
 何が起きているのか知ろうにも、目を開けることが出来ないほどの強風。しばらくその場で耐えていれば。

 「忠告は無駄だったか。――出るなと言っただろう?」

 呆れた声が、耳に入ってきた。聞き覚えのある声。恐る恐る目を開ければ、そこには青い瞳の人物がいて――予想どおりの少年の姿があった。

 「掴まれ」

 短い言葉を発するなり、少年は素早く私を抱えると、その場から一気に跳ね上る。家の屋根を軽々と越え、まるで、空を飛んでいるような感覚だった。

 「しっかり掴まれ」

 もう一度言われ、私はようやくその言葉に従った。
 すごい速さで駆け抜けているのに、目はやけに、その光景をクリアに脳へ伝えていく。あまりの出来事に、瞬きするのも忘れるほど。今起きていることから、目がはなせなかった。

 「――ここならいいか」

 連れて来られたのは、少年と初めて出会った丘。公園からここに来るには、結構かかるはずなのに……。頭の中は混乱し、少年に色々聞きたくても、うまくまとまってくれなかった。

 「――立てるか?」

 心配そうに聞く少年。それに私は、まだまともに言葉を口にすることができなくて。首を横に振るだけで、一人では立てないことを伝えた。すると少年は、私を抱えたまま歩きだし、体を気遣いながら、そっと、ベンチに座らせてくれた。

 「――――あ、あり、がとっ」

 ようやく言葉を発したものの、まだうまく話せなくて。お礼の言葉は、なんともたどたどしいものとなってしまった。

 「気にしなくていい。それよりも……首は、大丈夫か?」

 どうしてそんなことを聞くのかと思えば、首を見せてほしいと、少年は頼んできた。理由が気になるけど、彼なら、変なことはしてこなさそうだし。きっと大丈夫だと、自分でも不思議なほど安心感がわき、胸まである髪を片側に束ね、首筋をあらわにして見せた。

 「――っ?!」

 「大丈夫。俺は、何もしない」

 指先が、そっと首筋に触れる。くすぐったくて身をよじれば、それを逃げようとしていると感じたのか、少年は私の腰に手を当て、ぐいっと密着するように引き寄せられてしまった。

 「傷は無い、か。――あいつに、何かされなかったか?」

 「だ、大丈夫……です。あ、あのう……さっき、のっ。それにあなたは?」

 誰なの、と言葉を紡げば、少年は少し間をおいてから話し始めた。

 「――叶夜だ。色々知りたいだろうが…話はあとだ」

 急に、少年の雰囲気が変わった。
 私の前に立つなり、ただじっと、真っすぐ前だけを見つめていて――それに私も、自然と体が強張った。

 「――早かったな」

 呆れたような声で、少年――もとい叶夜君は言う。その視線の先にいるのは――。

 「そりゃあこっちだって同じことできるからね」

 さっきまで一緒にいた、男性だった。
 チラッと横から確認すると、その視線に気付いたのか、男性は私を見るなり、

 「その子、こっちに頂戴よ」

 と、笑顔で指差してきた。
 途端、震え始める体。怖くなった私は、ぎゅっと、目の前にいる少年の服を掴んでいた。

 「……大丈夫だ」

 何が呟いたと思えば、叶夜君の片手がそっと、私の体を包む。
 じんわりと伝わる温もり。その温もりが、今の私にはものすごく心強かった。

 「お前に関わらせるわけにはいかない。諦めろ」

 「そんなルール無いよ? 調べるのは決まりなんだから、いくらアンタでも、逆らえないはずでしょ?」

 さっきも言ってたけど……一体、何を調べるの?
 不安で手に力を込めていれば、ふと、ある考えが頭を過る。
 もしかして……彼も、同じことを?本当は、あの人よりも先に調べるために助けたんじゃないかって――そう思ったら、手から徐々に、力が抜けていった。