久遠の花〜blood rose~雅ルート




「――まだ、名前が無いの?」



 それに少年は、首を縦に振って答える。
 女性は少し考え込むと、思いついたのか、微笑みながら話を始めた。

「それじゃあ、私が名前をあげる」

「名前を与えるなんて、いいのか?」

「いいのいいの。貴方はそうねぇ~。――ノヴァ、なんてどう?」

「ノヴァ。――――オレの名前は、ノヴァ」

 実感が湧かないのか、少年は何度も、その名前を口にしていた。
 ようやく、名前が貰えたんだ。
 自分のことのように嬉しくて、私は微笑みながら二人を見ていた。

「そうよ。でも、これはあいつらに教えてはダメ。本当の名を知られることは、相手に支配されるということになるから」

「誰にも、言ってはいけない?」

「誰にもってわけじゃないわ。言ってもいいのは……自分が、大事だと思った人」

 それに少年は、少し複雑そうな表情を見せる。
 以前よりも感情が顔に表れていて、私はほっとした気持ちになった。

「大事……俺にも、そんな日が来るのか?」

「来るわよ。だって、貴方はその人を護る為に、契約までするんだから……ね?」

 またしても、女性は私を見て微笑む。
 もしかして、さっきからこの人には、私が見えてるんじゃないかなぁ?

「?――エメさん? 何か、あるんですか?」

 少年が、女性と同じ方を見ようと振り返る。
 その時ようやく、はっきりと少年の顔を見ることができた。



「――――何を、見てるんですか?」



 そこにいたのは……叶夜君、だった。

「そう? 何かある気がしたんだけど、気のせいだったみたいね」

 すると、誰かがドアを開けた。やって来たのは、白衣を着た男性。

「時間です。次は、別の部屋へ移動します」

 そう言うと、男性は叶夜君を連れ、部屋から出て行ってしまった。



「――――驚いているでしょう?」



 突然話しかけられ、思わず間の抜けた声を出してしまった。

「ふふっ。いきなりごめんなさいね? 私もまさか、生かされるとは思っていなかったから」

「あ、あのう……どうして、私にこんなのを見せるんですか?」

 すると女性は、席に座るようにと促す。おそるおそる座れば、女性は軽く深呼吸をしてから話を始めた。

「エルとノヴァには、今の世で会えた?」

「ノヴァが誰なのかはわかりましたけど……エルという人は、まだわかりません」

「そっか。でも、ノヴァだけでも分かってよかったわ。エルが生きてることは確実なようだしね」

 よくわからないけど、お姉さんが上機嫌だし、とりあえずはいいのかな?

「でもこの先、二人はとても辛い壁にぶつかるわ。だけど、二人は自分からそれを言えないし、貴方に言うわけにいかないって思ってる。頑固なとこがそっくりよねぇ」

 ふふっと、女性は笑みをもらす。

「私たちには、貴方という存在が必要なの。だからあの戦争も、ここでのことも、全部見てもらいたかった。――あいつらは、命華を何かに使うつもりよ。貴方は、普通の命華ではないから」

「それは、先生から聞きました。私は……赤の命華だって」

「先生……? それ、リヒトさんのこと?」

 頷くと、女性は嬉しいのか、声が一層軽やかになる。

「なるほどねぇ~。リヒトさん、先生やってるんだ。貴方……彼について、どこまで知ってる?」

「えっと……病院の先生で、私たちの相談相手というか……

 あれ……そういえば私、先生のこと全然知らない。
 お世話になっているのに、意外と知らなかったことに少し驚いていれば、女性はその様子を見て、ふ~んと意味ありげな声をもらす。