ひっ、という小さな悲鳴に振り返ると、いつの間にか背後にいた母が、両手で口元を覆っていた。
「おばさん、大丈夫ですか」
へたり込む母に、ぼくより先に、広田が手を差し伸べた。
母の後ろでは、顔面蒼白なきみがいて、ぼくと目が会うと一瞬何か言いたげに口を開いたが、すぐに閉じた。
ぼくも何か気の利いたことのひとつでも言いたかったけれど、何も思い浮かばず、そのまま前を向いた。
父は顔色ひとつ変えることなく、まっすぐに杉田さんを見ていた。
兄の物という眼鏡は、遠目にもかなり脆く今にも壊れてしまいそうに見えた。
「ご遺体から物を取るなんて罰当たりなことですが、せめてもの形見にと思い、決心した次第です」
杉田さんが、眼鏡を恭しく両手に乗せ父へ差し出すと、父は、それを親指と人差し指でそっと取り、やはり同じように両手に乗せた。
しばらく眼鏡を凝視した父は、
「たしかに、幸一の眼鏡です」
と気丈に言った。


