桜花舞うとき、きみを想う



ぼくは居間にいてもいいのか、それとも遠慮したほうがいいのか迷った。

母ときみは台所に引っ込んで、とっくにいなかった。

ただ事ではない雰囲気の中、ぼくは誰よりもこの状況に戸惑っているに違いない男の存在を、すっかり忘れていた。



「おい、中園」

「えっ、あ、ああ、広田」

居間の隅に突っ立ったまま父と杉田さんを見ていると、背後から声をかけられ、そのときにぼくはやっと広田がいたことを思い出した。

「何事かわからんが、俺は失礼するよ」

すでに鞄を手にした広田は、声を潜めて言った。

本来はそうしてもらうべきなのだろうが、ひとりではこの気まずい空気に窒息してしまいそうだったぼくは、広田を引き止めた。

「もう少しいてくれよ。置き去りにしないでくれ」

「置き去りって、お前の家じゃないか」

やさしい広田は呆れ顔でそう言いながらも、その言葉とは裏腹に、手荷物を床に置いてくれた。