宿に戻り、出立の準備をしているところへ、女将がやって来た。
「まあまあ。2泊なんてあっという間でしたね」
別れを惜しむその言葉が、温かかった。
「ええ。静かでいい土地で、物足りないくらいですよ」
ぼくは、お世辞ではなく、本心からそう言った。
いつも大勢の人で賑わう東京とは違い、朝から晩まで静かにゆっくりと時間が流れていた。
海の波の音を聞きながら眠るのは、とても心地よかった。
ぼくが感謝を述べると、さらにきみが付け足した。
「こんなに心のこもったおもてなしを頂戴して、素敵な思い出ができました。お料理もどれもおいしくて。ねえ、礼二さん」
頷き合うぼくらに、女将が頭を下げた。
「ありがとうございます。じゃ、お褒めのお言葉に甘えて、図々しいご提案させていただいてもよろしいかしら」
「え、何でしょう」
女将は、実はね、とぼくらのほかに誰もいない部屋にもかかわらず声をひそめた。


