桜花舞うとき、きみを想う



旅館の外に出ると、途端に潮風が頬を撫でた。

ほんのり冷ややかで、その匂いが秋を予感させた。



旅館の裏手の浜辺には、見渡す限り人の気配がない。

だからぼくは、そっときみの手を握った。

やさしい力で握り返すきみの手の温度が、心地よかった。



「いっそ、また海豚でも見に行くかい。すぐそこだよ」

打ち寄せる波の音が静まるのを待って、ぼくは言った。

「それもいいけれど、わたし、やっぱりこうして歩いていたいわ」

ぼくたちの後ろに、ぼくたちの足跡が続いている。

足跡は仲良く寄り添いどこまでも続き、それが妙に照れくさかった。

きみとただ並んで歩くことが、どんなに楽しい出来事よりも幸せであることを、ぼくは改めて知った。