支度が整うと、ぼくは素子さんやカズを起こさないよう、そっと玄関を開けた。
「いつか東京に戻ることがあったら、靖国に会いに来てください」
ぼくが言うと、夫人は涙ぐんで、ぼくの両手を握った。
「こちらの家にお世話になったことは、言葉には言い尽くせないほど感謝しています。素子さんやカズにも、どうぞよろしくお伝えください。今日までのご親切、ありがとうございました」
ぼくは心からの謝辞を述べ、深くお辞儀をした。
「行ってらっしゃい」
「行ってまいります」
今生の別れというのは、もっと涙が枯れるほど泣いて、これ以上ないほど悲嘆にくれるものと想像していた。
けれどいざ面してみると、そのときが近づけば近づくほど、ぼくの精神は平静になり、感性が研ぎ澄まされてすらいた。
上を見れば、空とはこんな色だったかとか、下を見れば、転がる石ころの辿って来た道程を考えたりする。
そうして、あらゆる自然が美しく尊いと感じながら歩くうち、兵舎に到着した。
自室に戻るのもいいが、仲間がまだ眠っている。
いっそ、このまま外でそのときを迎えようと決めたぼくは、兵舎の周囲を散策することにした。


