すき焼きと聞いてから、ずっと腹の虫がおさまらなかったぼくは、漂うその甘辛い匂いに舌鼓を打った。
肉自体は軍に入ってからも食べていたが、その日用意されていた鶏肉は、とびきりうまかった。
一同がうまいうまいとがっつく横で、カズは無言で不器用に箸を動かしていた。
「カズ、うまいかい」
聞くと、カズは曖昧な様子で目を泳がせた後、やはり無言で頷いた。
「カズちゃんは、鶏肉があまり好きじゃないのよね」
素子さんが代わりに答え、それを聞いたぼくは咄嗟に、
「なんだって?それならこんないい肉、ぼくにくれよ。もったいないなあ」
なんて言ってしまって、しまった人様の家で何てことをと思ったが、食卓は明るい笑いに包まれた。
食事の間、誰も、明日のぼくの出撃には触れなかった。
けれど、それでいいのだ。
最後の夜くらい、何もかも忘れ、思う存分笑いたい。


