咄嗟の行動に驚くぼくに、山里くんは畳み掛けるように言った。

「きみには、まだこんなに若い奥さんがいるんだろ。彼女をこの歳で未亡人にさせるなんて許されないよ。悲しませちゃいけない!だから、教官にお願いして帰してもらえ。ここにいたら死ぬぞ!」

山里くんは鬼気迫る様子で顔を強張らせ、ぼくの肩を掴む手に力を込めた。

特攻に志願した勇敢な姿勢とは裏腹に、彼の精神は、きっと自覚している以上に混乱し、興奮していたのだろう。

ぼくはまだ、滑走路をまっすぐ走らせる技術すら持たないのだから、もし命令が下るとしても数ヶ月は先になるはずなのに、山里くんはため息混じりに首を振った。

「今は、飛行技術の熟練度なんて関係ないぞ。知らないわけじゃないだろ、桜花のこと」

「おうか?」

戦闘機だろうか、聞いたことのない名前だった。

「知らないのか?3月から、何度か飛んでいるのに」

念を押すように確認されたが、記憶を辿ってみてもそのような名前は耳にしたことがなく、正直にそう言うと、山里くんは大きく息を吐いた。

「一式陸攻の腹にくっついて飛んで、敵艦が見えたら切り離される特攻機だよ」

想像力の乏しいぼくに、山里くんは両手を広げ、体でその様子を再現してくれた。

「いいかい、おれが一式陸攻だとすると、腹に大きめの紙飛行機がくっついてると思え。それが桜花だ」