戦争になど、何の関心もなかった。
妻と共に幸せな家庭を築き、死んだ兄に代わり綿花商社で一人前に働くことこそ、自分の使命と信じて疑わなかったのだ。
正直、沈没から生還したとき、このまま怪我が治らなければいいのにと願ったこともあった。
そうなれば家に帰ることができる、きみに会えると夢に見た。
けれど今思えば、こんな経緯を辿ったぼくが、胸を張って家族に会えるものか。
そんな不純な人間に訪れた、一見幸運そうな偶然の連続は、結局、自らを苦しめるだけの不運だった。
時代を無視しようとした男への、戒めだったのだ。
深夜の兵舎の玄関に、ぼくがしゃくり上げ鼻をすする音が響いていた。
情けなかった。
「卑怯、か」
清水さんが、ようやく口を開いた。
「そう言えないこともない。だが、きみを料亭の跡取りと間違えたのは軍の責任であるし、先輩兵の口車のいうのがどんなものだかわからないが、それほどまでにきみの心を操る術に長けていたということだろう。それらがすべて、きみの悪意のみで成立したこととは思えない」


