「わたしの前で、軽々しく負けるなどと言えば張り倒されるとでも思ったか」
「いえ、そうではありません。負けるというのがどんなことなのか、うまく想像できないと言ったほうが近いように思います」
そもそも戦争なんてしたことがないうえ、自分が兵隊になるなんて、夢にも思わなかったのだ。
勝つか負けるかなんて、わかるはずがないのだ。
「では方向を変えてみよう」
清水さんは、ぼくと向かい合って座り、
「きみは、この我らが大日本帝国のために、命を捧げることができるか」
『大日本帝国』を強調するように言った。
ぼくは息を飲んだ。
命を捧げる、すなわち死ぬ覚悟があるかと訊かれている。
答えは、否だ。
けれど、今この場所でそう答えることが、はたして許されるのだろうか。
その答えも、やはり否だ。


