去り際、ぼくは何を思ったか、唐突にひらめいて、永山さんの背中に、
「そういえばさ」
と問いかけた。
それは勢いのみで口走ったと言っても過言ではなく、心臓の鼓動が速くなり、胸がざわざわしたが、今更引っ込みもつかないので、ややしどろもどろになりながら、ぼくは言った。
「ぼくらの家の辺りに、料亭なんてあったかな」
ずっと気になっていたが考えないようにしていた、本当ならぼくの代わりに主計兵となるはずだった、誰かのこと。
ぼくが間違った情報で巡洋艦に乗ることになった背景に、その「誰か」は必ず存在する。
「料亭?」
永山さんは少し首をかしげて考えると、
「ああ、数年前に駅前にできた店のことかい。料亭長曽野っていったっけ」
懐かしい昔のことでも思い出したかのように、目を細めて言った。


