「今日までお世話になりました」
ぼくは両手をついて、心からの謝辞を述べた。
「見ず知らずの自分に、こうまでしてくださって、どう感謝を申し上げればよいかわかりません」
「こちらこそ、息子が増えたようで楽しい毎日でしたよ」
夫人は温かい眼差しでぼくを見た。
それはまるで、我が子の旅立ちを見守る母親のそれで、ぼくは出征時の母を思い出した。
(あのときお母さんは、目を真っ赤にしていたっけ)
休暇が取れたら帰って来なさい、と言っていたと記憶しているが、その家は空襲で焼かれ、今はない。
「素子さんもカズも、どうか元気で」
「奉仕活動で基地のほうへ行くこともあるもの。また会えるわよね」
いかにも寂しそうな目をしたカズの肩を抱き、薄っすら涙を浮かべて、自らに言い聞かせるように言った素子さんに、ぼくはしっかりと頷いてみせた。
「明日からは上司と部下だ。しっかり頼む」
清水さんの激励を受け、ふたたび始まる軍隊生活を前に、ぼくは身が引き締まる思いで、もう一度、一家に頭を下げた。


