桜花舞うとき、きみを想う



結局そのとき、ぼくと清水さんとの間に、それ以上踏み込んだ会話はなかった。

ただ、清水さんは、それから家に入るまで、何度か「本当に覚えていないのか」と繰り返し訊いた。

失神しても不思議はないほどの高さから落下したのだから、記憶にないのが当たり前だとぼくは思ったのだが、清水さんは何を言いたかったのだろう。

気弱なぼくは、その真意を訊ねることができなかった。



一旦回復の兆しがみえてからというもの、みるみる体力が戻るのを感じ、ぼくは屋敷の周りを走れるようにまでなった。

そんなぼくの様子を見て、素子さんが約束どおり近所を案内してくれた。

「この先をもっと行くと、お父さまがいる鹿屋基地があって、その先に鹿児島湾が見えるのよ」

「へえ、海か」

「海は好き?」

「巡洋艦に乗っていたときは、あまりいい気持ちではなかったかな。だけど、ぼくの妻は海が好きでね。新婚旅行で伊豆に行ったとき、浜辺を楽しそうに歩いていたのを思い出すよ」

「そう、奥さまが」

あのとき、わたし海って好きよ、と言ったきみの声が、海風に乗って聞こえた気がした。