ところで、この家には5歳になる男児がいる。
目覚めた日には、まだぼくの得体が知れないからと(これは後日素子さんに聞いた)会わせてもらえなかったが、翌日になり、この男は害がなさそうだとわかると、夫人は小さな男の子の手を引いて、ぼくが占有している部屋へやって来た。
「長男の和生です。ほらカズちゃん、ご挨拶なさい」
夫人の紹介で、ぼくと幼い彼は初対面を果たした。
挨拶を促されるも、「カズちゃん」は母の後ろに隠れて、ぼくからは体半分しか見えない。
「和生さん、はじめまして。中園礼二です。突然ご厄介になって、驚かせてしまい申し訳ありません」
和生さん、などと呼んでやたら堅苦しい挨拶を述べたのには、初対面の男に対する彼の不信感を拭おうという狙いがあった。
母である夫人が呼んだように、馴れ馴れしくカズちゃんと呼ぶのは容易いが、子供はときに大人より警戒心が強い。
いつまで世話になるかわからないこの家の住人とは、出来るだけ強い信頼で結ばれたいと思った。
「ぼくとあなたとは大分歳が離れていますけど、お友達になりたいですね。どうぞ仲良くしてください」
ぼくが言うと、彼は狙い通り、いや、もしかして自分を子供扱いしなかったことに気を良くしたのかもしれないが、母の後ろからそっと出て来ると、ぼくに歩み寄った。
「カズちゃんです」
とても愛らしい自己紹介だった。


