素子さんが勤労奉仕に出掛けると、家の中はしんと静まり返り、まるで寺の本堂でぼんやりしているような穏やかな気持ちになれた。
そんなとき、ぼくは決まって考えるのだ。
あの巡洋艦に乗っていた人々の安否を。
そして、このほど東京を襲った空襲を。
東京が大きな空襲に見舞われたのは、少し前のことだった。
ぼくはそのとき海の上で、本土がどうなっているのかを知る術がなく、この家に来てそれを知ると、慌てて東京の実家に電報を打ったが返信はなく、すると、素子さんの父上が軍基地を通じて調べてくれた。
家屋は燃えてしまったが、家族は全員、避難所で無事であるとの報せに、ぼくは胸を撫で下ろした。
そして、そのときの連絡によって、ぼくの居場所を家族に伝えることができたことにも安堵した。
(よかった。本当に)
とはいえ、これから先、いつふたたび空襲があるかもわからない。
目の届かないところの人々を心配するというのは、こんなにも心もとないものなのだと改めて知った。
あちらの生活が定まった頃を見計らい手紙を書き、連絡を密に取り合わなければ、と強く思った。


