桜花舞うとき、きみを想う



烹炊所とは、いわゆる厨房のことで、中に入ると、数人の調理人が額に汗をかきながら、忙しく立ち回っていた。

「急で悪いんだが、言ったとおり人手が足りなくてね。新兵教育は今朝で終了ということにして、早速ここでの仕事に入ってくれ」

村井少尉はそう言うと、烹炊所にいる人たちを呼び寄せ、ぼくを紹介してくれた。

「彼は今日から異動になった、中園二等兵だ。故郷では料亭の跡継ぎとして腕を振るっていたと聞いているが、ここでは右も左もわからないだろうから、よく教えてやってくれ」

少尉の言葉に、ぼくは呼吸が止まるほど驚いて、少尉を見た。

(料亭の跡継ぎだって?)

ぼくが調理人として抜擢されたときから、どうも軍に間違った情報が伝わっているようだと思ってはいたが、これではっきりした。

「少尉、あの」

「では後はよろしく頼む」

他の誰かと間違われているようです、と言いかけたが、少尉はぼくに背を向け行ってしまった。

後を追うべきか迷ったとき、

「まずは昼食用の芋の皮剥きをやってくれ」

という指示を受けてしまい、手渡された芋を握ったとき、ぼくの中に、ぼくの知らないぼくの芽が出始めていた。