桜花舞うとき、きみを想う



人間とは単純であって複雑な生き物だ。

いや、それとも、ぼくがそうであるだけなのか。

あれほどまでに、こんな戦争は無意味だと思っていたこのぼくが、皆に帰って来いと言われれば言われるほど、士気が上がった。

ぼくのことを励まし、気遣い、無事を祈ってくれる優しい彼らのため、死に物狂いで戦うのも悪くないと思ったのだ。

(やってやる。痛い目見せてやるぞ、敵兵め)

ぼくは柄にもなく、空き地で兵隊ごっこをしている子供たちが叫んでいるようなことを思った。



最後に広田と抱き合い、ぼくは見送りの人々に別れを告げた。

駅に着くまでの半時間ほど、きみはただ黙ってぼくの隣を歩くだけで、一切口を開かなかった。

ぼくは母たちとときどき短い言葉を交わしたが、きみには何も話しかけなかった。

話しかけるどころか、ろくに顔すら見なかった。

少しでもきみと話してしまえば、きっとこの昂った気持ちが一気に萎えてしまうだろう。

これから軍隊に入る身としては、それは何としても避けたいと思ったぼくは、神社から駅までの道中に限り、故意にきみの存在を消した。