「そこまで気にしなくても、敵だって町の中にまで来やしないよ。平気だろ」
ぼくがそう言うと、きみは珍しく苛立った様子を見せた。
「そんなこと、わからないわよ。前から思ってたけど、礼二さんって、いつまでも危機感がないのね。そんな人が戦場に行ったって、役に立つのかしら」
ぼくはあまり深く考えず、ただきみを安心させたくて言ったことだったが、きみにとってはそれが気に食わないようだった。
「あなたっていつも楽観的で、それがいいところでもあるけど、でもこんな世の中だもの、もっと危機感を持って真剣に考えたほうがいいと思う」
きみはひと息にそう言って、ぼくをじっと睨んだ。
「何だよ、その言い方」
ぼくは自分の思いが伝わらなかったことと、それを察してくれなかったきみの言い草に、カチンと来た。
「危機感、危機感って言うけど、ぼくが本当に危機感を持たずいるとでも思ってるのかい。これでもね、兄さんが死んで、ぼくがこの家を何とかしていかなくちゃって思ってんだ」
強気だったきみの目が一転して怯えていることに気づいたけれど、ぼくはつい、声を荒げた。
「だけど召集令状が来てしまって、家どころかぼく自身がこれからどうなるかわからなくなった。そんな中、出征前にちょっとでも楽しいことをしたいと思うのが、そんなに責められることなのか。何も言わず受け止めるのが妻じゃないのか」
ぼくは勢いよく飛び出す言葉に我ながら驚き、また、これが正真正銘自分の本音なのだと気付いた。
そして同時に、強がる態度の裏で、遠くから近づいてくる雷雲を見つけたときのように、迫る恐怖と戦っている自分を知った。


