はらり、ひとひら。



振り返ってうかがった神崎くんの表情は、今までに見たこともない─

色々な感情をごちゃごちゃに混ぜ合わせたみたいな…苦しい顔つきだった。


長い間一緒にいればわかる。
こんな顔を神崎くんがしたのは、初めてだ。



異様さをすぐに感じ取って、指先から全身が凍った感じがする。

私の声までも震えた。


「ど、したの…神崎くん?」

「…っ、いや……」

「っ、もしかして」


妖? と彼の視線を追うように顔を持ち上げた。


今度は私の表情が強張る番だった。


…私が問いかけるとすぐに目を逸らしたけど、神崎くんは長いこと食い入るように一点を見つめていた。




─薫を。




「洗い終わったよ、杏子。コップ、戸棚でい…い? って、どうしたの?」

飛鳥の声が私に届くまで、そしてそれに答えるまで数秒かかった。

「……ああ、うん! 大丈夫、そこ置いといて」

「いやどこが大丈夫? 顔真っ青。なに、貧血?」


みんなが心配そうに私を見てる。

大丈夫、大丈夫なのに本能が、知らないところで私の体の中で暴れてるみたい。


なんで?

どうして?

ただ見ていただけでしょう、気にすることないはずだから。


そうだよ。気にすることなんて。


「え…へへ。平気だよちょっと立ちくらみしただけ、行こ、お店閉まっちゃう」


歩み出したが腕が動かない。


それが誰のせいかなんて、見なくたってわかる。


「…っ、……話したいことが、あるんだけど」

「…なに、かな」


目を見れない。

恐ろしい。

何が恐い? 何を言われるのが恐い? …ほら。また逃げてる。


「…ごめん、なんでもない。また今度にしよう」

「っ…」


そう、わかった。

絞るように返したその声は掠れていた。


「…?」

「どしたん? 痴話げんか…?」

「…あんったはなんでそうなんのよ!?」

飛鳥と秀くんが心配そうにこっちを見ていたはずが、いつもと同じで言い争いを始める。
呆れながら叱咤する飛鳥に、負けじと言い返す秀くん。
早くほら、止めないと。


でも熱い。


掴まれたままの腕が熱くて、涙が出てしまいそうなほど切ない。

笑われてしまうかもしれない。だけど察せないほどバカでもない。



「杏子。ほら早く、行くよ」



割り入るように薫がやって来て私の空いてるほうの腕を掴んだ。


それでも彼は動かなかった。

薫がやけに不満そうに眉を寄せる。


「…神崎くん、行こ? お店、しまっちゃう」

「………そうだね、ごめん」


留まるように掴まれ今ようやく解放された左腕と、今度は前に引っ張られる右腕。



…なんで。

放さないでほしかったなんて、今思ったんだろう。