はらり、ひとひら。



人間、楽しみなことがあると、苦痛を難なく乗り越えられるとはよく言ったものだ。

文字通り山のような課題は驚くほどすいすい捗り、夏休みの課題の最難関…いわゆるラスボス、読書感想文も例年とは比べ物にならない速度で片づいた。
 

「いい天気でよかった~」


やっと今日がきた。


からっとした快晴。花火のバケツも、バーベキュー用の取り皿も全部準備万端。
あとはみんなを待つだけ。


「杏子はしゃぎすぎ」

「え~楽しみにもなるでしょ!」

「まったく間抜け面め…私の分の肉もとっておいてくれ。頼むぞ」

むっ。師匠め、間抜けとは失礼な。別にいいけど、ていうか…


「またどっか行くの?」

「野暮用がな」

「最近多いねえ…体はもう大丈夫なの?」

ようやく安定してきたのか、いつものこぎつねサイズを保てているけど。

「まあ、大事ない」

「そう。よかったあ、じゃあ安心ね」

ほっとして表情筋がゆるむ。そんな私を師匠は穴が開いちゃうくらい見つめた。

「な、なんですか」

「…いや。にへにへと締まりのない顔だと思ってな」

「ひどい!!」


なにさそれ! ちょっとあんまりじゃない!?

「師匠かわいくない!」

「元より可愛げなぞ求めとらんわ」

「ふーんだ」

師匠用のお肉の裏にわさび塗っといてやろうか。

ムカムカをそのままに師匠を軽く小突くと、唐突に桜子さんの日記を思い出した。
そういや、あれから師匠とはなんだかんだ会うタイミングが合わなくて言えていなかった。

昼は私は学校で、帰宅しても師匠は最近忙しいみたいでほとんどいない。帰ったとしても明け方だ。当然私は夢の中。

一応、言っておくべきだろうか。


「あのさ、師匠─」

「…なんだ? 改まって」

「あのね、実はこの間…」


─ピンポーン。


桜子さんの、と口から吐き出そうとした言葉はドアチャイムでかき消されてしまった。

あ、飛鳥たちだ…! 
なんてタイミング。うう。

どうしようとアワアワしていると、師匠はいつもどおーり溜息をついて呆れを隠すことなく私を急かした。


「なんだ、言いたいことがあるなら早くしろ」

「う、えーと。あ…やっぱり今度でいいよ! みんなもう来ちゃったし」

「……そうか。…何か、変わったことがあればすぐに呼べ。飛んで行ってやる」

「へ」


なにそれ。どういう風の吹き回し? いつもしょうがない、って顔して、守ってやってるんだから感謝しろーって感じなのに。

珍しいこともあるもんだ。


「…ありがと。私も、師匠の力にならせてね」


こくんと頷いた師匠は窓から飛び出して、すぐに変化を解いて青い空に軌跡を描いて森へと落ちて行った。

毎日、どこに行ってるんだろう…


今度こそそれも聞いてみなきゃ。と決意したところで二回目のチャイムが鳴り、私は慌てて階段を駆け下りた。