はらり、ひとひら。



・ ・ ・

side-真澄

結界を二重、三重に重ねても襲岩(かさねいわ)に異常は見られなかった。万が一も想定して広範囲に張っていた結界も解いて、安堵してようやく肩から力を抜いた。


「気安めだけどないよりはマシだろ」

「本当に…よかった…」

「おいおい、安心するのはまだ早いぜ」

千鶴兄さんが笑って俺の肩をバスバス叩いて痛いが言い返す気力はない。


これで、ひとまずは安心だろうか。先代もこうして結界を強化することで脅威から町を遠ざけていた。

ただこれは応急処置には過ぎない。結界は不可侵ではないから。だけど、丸裸の状態でいるよりはずっといいはずだ。


「…とりあえずは、何もしないよりは…いいと思う。真澄の判断は、正しいよ」

「陸兄さん」

おつかれさま、と声をかけてくれる陸兄さんの顔にも若干の疲れが見て取れた。笑って礼を言う。

やっぱり何時間も通しで気を張って、結界を施すのは慣れている兄さんたちでも骨が折れるらしい。


正直もともとこういうのが不得意な俺はというと…格好悪いことに、もう全身がくたびれて今すぐにでも布団に飛び込みたいほど。


「ま。真澄は戦闘タイプだから術に耐性ないのはしょうがないっしょ。結界術なんて特に細かくて神経使うし」

「戦闘タイプって…」

そんな戦うしか能がないみたいな言い方。


「褒めてんだぞ? 俺らは逆に真っ向から敵と戦うのは得意じゃないからな。こういう地味ーなサポートくらいしかできねぇ」

同意を求められた陸兄さんはこくこくと頷いた。


「向き、不向きがある、から。…だから、自分に今できることを精一杯、やろう」


その通りだ。

"自分にできることを、精一杯"

ひどく心に響いた言葉を胸に刻んで、俺は手の中にある愛刀をきつく握った。


いつかは、必ず鬼と刃を交えなくてはいけない時がくる─そう思ったその時。


ぞくりと。

あの時と同じ…緋嘉さんと少し前に襲岩を視察に来たときと同じ悪寒が、背筋を這いあがった。


「ッ」

「真澄?」


兄さんたちは気づいていない?

どこかで何かに見られている。どこだ。


すぐに表れた灯雅に千鶴兄さんたちの顔色が変わる。


「…敵襲か?」

「わからない」

小さく答えて、身構える。くるならこい。斬り伏せてやる。


重苦しい空気が辺りに満ちる。待てど姿を現さない妖…いや、違う。もっと…深くておぞましい何か。


恐れるな。怯えてはいけない。だけどまみえたことのない異質さに、心臓が止まりそうだった。続いてこめかみを打つようなひどい頭痛。



呑まれそうになるのを堪えごくりと唾を飲み干した時、ちりん、とごくわずかな小さい音だけが静かな森に響いて、気配は途絶えた。


あの鈴の音、どこかで─



「…っ、はあ」

「お、おい大丈夫かよ真澄」


張りつめていた気はもう限界だった。がくりと力が抜けて地面に膝をつく。

尋常じゃない程汗が出て、心臓は今にも飛び出そうなほど早鐘を打っていた。


「は、っ…っ、ふぅ……」


なんだ。あれは、何だ?


「…妖の匂いでは、なかったね」

千鶴兄さんが俺に代わって疑問をぶつける。

「妖じゃない? じゃあ一体」

「わからない。追うかい?」


訊ねる灯雅に数秒考えてから頷いた。短く返事をした彼女に「深追いはしないで」と念を押す。


兄さんたちは「全く気が付かなかった」と言い、俺自身もどうして気が付けたのか正直わからなかった。それほど微量な妖気に近い、穢れた気配。

嫌な予感がする。

どうしてだろう。


「…もしかすると………いや、ここで言うのは、やめておこう」


陸兄さんはなにかを言いかけて口をつぐんだ。だけど俺は兄さんが何を言おうとしたのかわかってしまった。




─麻上。