「喧嘩両成敗完了っと。いやいやそれにしても随分派手にやらかしたね」
おかしそうに目の前の神様は破顔する。つられて私まで笑えば安堵で全身から力が抜けた。
「助けてくれてありがとう…蛟はどうして森に?」
「たまたま散歩してたら丁度面白そうな気配がしてね〜。暫く眺めることにしたんだけど、…どちらも度が過ぎたから、おしおき」
「そうなの。ありがとう、助かったよ。蛟…あの、この男の子のことなんだけど」
長い睫毛で縁取られている少年の瞼はぴくりとも動かず、傷を負った肢体は地面に投げ出されていた。
彼を一瞥して蛟は首を傾げる。
「これがどうかしたのかい?」
「……彼は、何なのかな? まるでわからないし、なんだか混乱するの。すごく、ざわざわして」
驕りかもしれないけど神である蛟ならばわかるかもしれないという望みを掛けた。
蛟は何かを言いかけて口を閉ざし、ぽんと私の頭に手を置いた。そして蛟は思いもしない行動に出る。
きゅっと抱き寄せられ、淡い、優しい匂いが胸いっぱい広がった。
「あああ!? みっみずちさん…??!」
「はい、いいよ。一から言ってご覧」
「……え?」
「おまじない。人の子はこうしてると安心するんでしょ? 背中もトントンってしてあげようねぇ」
なるほどそういうわけか〜って全然なるほどじゃない。
……近すぎ!
童顔だけどきちんと神様を思わせる蛟の端正なお顔が目の前にあってびっくりした。落ち着かない。
「はいはい、ちゃんと言わなきゃわからないし教えてあげられないよ」
「う…」
「そう。力抜いて僕に身を委ねてね〜。はい、いい子」
くてっと力を抜いて蛟の胸あたりに頭をつけた。一定のリズムで優しく叩かれる背中が心地よい。寝てしまいそうだ。
「怖くない、怖くない。全部僕に話してご覧」
私は言葉を選びながらぽつり、ぽつりと喋り出す。
「……気のせいかもしれないし、気の迷いかもしれないんだけど」
「うん」
「私この人を知っているような気がして。…なんだかひどく懐かしい気持ちになるの。でも…そこには懐かしいだけじゃなくて、よくわからないけどもっと…言い表せない複雑な感情も色々ごちゃごちゃっと絡んできて」
「うん」
「私師匠の身が危ないのに祓えなかった。躊躇しちゃった…一瞬迷ってしまったの、どっちを優先すべきかなんて一目瞭然なのに…」
「…うん」
「そのちょっとの迷いが生まれた瞬間、強い力でぐっと抑えこまれるみたいに体が動かなくなって…こんな…こんなんじゃいつか、本当に守りたい人を守れない。失うことは怖いけど、それ以上に奪うことが怖いって思っちゃった、巫女失格だよ…!」
蛟の手は魔法の手なのかもしれない。心のわだかまりが溶けて涙に変わる。
人を祓う、つまりは殺すことに怯えて動けなかったこと。それが原因で師匠をひどい目に遭わせてしまったこと。
…悔しかった。自分の弱さが。
「うんうん。自分としっかり向き合えてるのはいいことだね。なかなかできることじゃない。それは君の美点だ。……だけど君は少し」
優しすぎる。
その声は普段の蛟の声とは比べ物にならないほど、冷たかった。
