押されている、そう思った。あの師匠が圧倒されている。
それだけじゃない。師匠の動きが鈍い、どうして。
「助けなきゃ…」
なんとか立ち上がって頭を振って息を吸う。頭ががんがん痛んだ。遠くから師匠の怒号が飛んだが聞き取れない。
…彼はもう敵だ。祓わなければ。
─敵なのに。
敵なのにどうして、どうしてだろう。
一言ただ言えば良いはずなのに、できない。
体が震えて腰がぬける。はっきりと思った。明確に感じた。
私は彼を殺せない。
「い、や…」
それは彼が人間だから? ちがう、そうじゃない。いや…わからない。何もわからないんだ。
どちらを信じる? 頭の中で反芻する2つの声。
『化物』だという師匠。『違う』という少年。
目の前のこの人は『化物』か『人』か。
細く長い、糸のような瞳孔の走る、蛇を思わせる金の目。
吠えながら何度も、師匠の爪で身を裂かれても立ち上がって飛びつく。
何かを訴えるように、この世の不条理を恨むように、彼はただひたすらに─泣きながら戦っていた。
「っ」
それを見てしまってはもう駄目だった。弾かれるように言葉が飛び出す。
「もうやめて!」
─閃光。目がくらむ。私の言霊は白色だし、青緑色のこの光は師匠のものでもない。
時間が止まった気がした。
双方ともぴたりと綺麗に動きを止めて瞬きひとつしない、一瞬の間。鈍い音を立てて倒れる白い獣と一人の少年。
青緑の髪が風に靡く。私のよく知っている神様がそこには立っていた。
「みず、ち…」
ゆっくり振り向いた龍神はオッドアイを細めて笑う。
自由気ままで奔放、一柱の神でありながら矢野先生の式神。
蛟の光で師匠も少年も目を回したのか、どちらも地に倒れ伏していた。
「っ師匠! しっかり…!」
慌てて駆け寄って見てみると幸いケガは浅いようだけどどこも全身傷を負っていた。
