はらり、ひとひら。



「…私、欲張りになっちゃったみたい」

想いは日を重ねるごとに増していく。伝えてしまえば楽だと思う。だけど、もし拒絶されたらって思うと一歩が出ない。


「はぁ…難儀…」

「お前の色恋の悩みなぞ興味ないぞ。そんなことより」


ひどっ。そんなことって一蹴されましたよ。人はこんなに悩んでるって言うのにお気楽な狐だこと!

抗議の声をあげようとしたが、師匠の次の言葉に私は大人しく口を閉じざるを得なくなった。


「森の一部に瘴気が立ち込めている。どうやら不穏なことが起きている」

「…! 森で…?」


そんな。全然気づけなかった。…もしかして神崎くんが暫く休んでいるのはそれのせい?


「妖? それとも邪鬼?」

「…わからんのだ。瘴気がきつすぎて鼻が利かん」

「ええっ」

大丈夫なの、と師匠の鼻先に触れると若干乾いているような。大変。


「ど、どうする? 湿らせる?」

「は」

「だって鼻先乾燥してるのって動物にとってはよくないんじゃ」

前に何かの本で読んだし、と告げると師匠はみるみる毛を逆立てた。


「犬じゃないんだぞ!」

似たようなもんだろうに。


「お前は本当に…呆れてものも言えん。こうしてふざけてる場合じゃないぞ、このまま様子を見に行く」

「うん」


瘴気。よくない気配。それは森から出る前なんだろうか。人に被害を及ぼさないとも限らない。
町に流れてくる前に断ってしまおう、ときゅっと唇を引き結んで師匠の背中に乗りあげた。



「大凡の場所はわかるが、つぶさな所がわからん。お前に任せるぞ」

ほんとに鼻が利かなくなっちゃったんだ、と少し可哀想になってきた。

師匠は地面に降り立つと、変化を解かないまま私のすぐそばで控えた。ここは森のどこら辺なんだろう。辺りは木々に覆われて少し薄暗いが、鬱蒼としていると形容するほどでもない。

確かに少し悪い気が溜まりそうなところではあるけれど…



「どうだ。何かわかるか?」

「ちょっと待ってて」


目を瞑り神経を集中させる。探れ。視覚に頼るのは最後。音、匂い、空気の手触り─堪能してから、目を開けた。


「…何かあるような…気のせいのような」


見守っていた師匠は「なんだそれは」と呆れて見せる。


「だってわかんないよ~…瘴気も正直感じないし」

巫女は妖ダウジングマシンじゃないから! と訴える。でも私の感覚がぽんこつなだけだったりして。うわそれがホントだったらすごくつらい。


「はあ…そうか。お前はそういうものの耐性があるんだったな」

「? 何が」

「霊力だ。結界となって見事に弾いてしまっているんだろう。盾にはなるがこういう時には向かん諸刃の剣だな」