はらり、ひとひら。



人間を取り殺そうとしたり、命を付け狙う卑しい生き物なくせに、少し弱点を突けばたちまちあいつらは消えてしまう。…ごみ掃除と一緒だった。


「お勉強ですか? おやつをお持ちしましたよ。今日は若様がお好きな落雁です」

「…ありがとう」

ある日の八つ時。使用人が俺にお茶と菓子を運んできた。

受けとり食べようとすると、襖の影から小さな黒い何かがこちらをじっと見つめていたことに気が付く。思わず手を止めた。


その妖は背丈はおおよそ50センチくらい─手足もなければ、鼻も口もない。あるのはぎょろりとした一つの目だけ。


なんでここに妖が。婆様手製の結界が張られているから、門内には侵入できないはず。



「…おなか、おなか、ヘッタ。食いもん、ちょうだい」

ねだるように妖は俺に呼びかけた。怪訝に思いながらも害はないようだ。近づいて来ないし、いいか。無視して聞こえないふりをする。


「食べたい、クレ。お菓子、菓子……」

飢えた声だった。目だけそちらにやると妖は黒い体を変形させて、人間の手を真似たようなものをつくりだし、使用人に必死に伸ばしていた。


「それか…人間。血肉ほしい、血のみタい、」


「食わせロ」

下卑た言葉にいよいよ腸が煮えくり返った。


「…退け。ここにお前にくれてやるものなんか、一つもない」

睨みつけるとパリンという何かの破裂音と共に、妖は短く悲鳴をあげて引き上げた。


「わ、若様…?」

虚空を睨んでぶつぶつ言う俺がよほど恐ろしく映ったんだろう。可哀想にまだ若い使用人はすっかり怯えきってしまっていた。


「! 湯呑が割れて…すぐに新しいお茶をお持ちします。怪我をなさいますから、若様はお手を触れないでくださいね」

「あ…」


逃げるように部屋を出ていく使用人。その眼にあるのは完全に俺に対する『恐れ』だった。
俺の気迫で割れた湯呑の破片が無残に転がっていて、虚しさだけが心に残った。


・ ・ ・

「嫌だわ本当に…気持ち悪い子。あの子自身が呪いなんじゃない? 母様」

「馬鹿を言うんじゃありません梢恵。正統な血筋のあの子に限ってそのようなこと、ある筈がないでしょう」